夏の思い出

 8月中旬。それは、修論の構想が終わり、就職先もほぼ決まっている修士課程1年目の大学院生にとっては、まさしく人生の夏休みだ。山奥の田舎から出て来て5年が経つけれど、今が最も、気楽に生きられているような気がする。
 冷房によって快適さが保証された自室は、暇を潰すのには少し物足りない。テレビを点けてみても、動画サイトを漁ってみても、お盆休みを無為に過ごす会社員や子供に向けた番組や配信ばかりで、彼の知的好奇心を満たせるものは特に無かった。
「……お盆、か」
 今の彼に肉親はいない。彼が幼い頃から教育熱心だった母親は、彼が中学受験に失敗した折に、家を出て行ってしまった。その後は父親と2人で暮らし、田舎の荒れた公立中学から、田舎で進学校を自称する公立高校へ。教育の機会に恵まれた彼は、偏差値がそこそこ高い都会の国立大学に、塾に通わずに現役で合格することが出来た。我が事のように喜んだ父親は、その年の7月に、水難事故で急死した。親戚は一応いるが、疎遠である。
 この世でひとりになってから、4年目の夏。
 「盆暮れ正月くらいは帰って来い」と笑って送り出してくれた父親の声が、ふと思い出される。その言葉通り、彼は大学生になってから、お盆と年末年始を故郷の田舎で過ごすようにしていた。けれども去年は就職活動やら大学院の入試やら何やらで忙しく、それを言い訳にして帰省しなかった。
「帰るか」
 実家は借家で、所有権は既に他人に移っている。だから彼に帰る家は無いし、彼を待つ人もいない。その意味で、「帰る」という言葉が適切であるかは分からなかった。けれども、六畳ほどの小さな自室で味わう孤独感を打ち消せるなら、何でも良かった。
 財布、ICカード、着替え、スマートフォンの充電器、その他諸々の荷物を、大きなリュックに適当に放り込む。冷房のスイッチを切って、リュックを背負うと、彼は家を出た。

 時刻は午後1時を少し過ぎた頃。屋外は灼熱地獄で、道中の自動販売機でスポーツドリンクを何度も買って飲み干したほどだった。けれども、故郷に向かう電車に乗ってしまえば、車内には程良く冷房が効いていて、快適という言葉が相応しかった。
 お盆の只中に都会から田舎へ向かう電車は、混雑しているかと思えば、存外空いていた。小学生の夏休みにも、こんな風に空いた電車に乗った気がする。父親と2人、母から逃げるように、「学校の夏休みの宿題を終わらせる」という口実で、1泊2日の小旅行に出掛けた。今から15年ほど前のことだ。
 その頃、難関とされる都会の中学校を受験させたい母親と、田舎でのびのび育って欲しい父親との間で、彼は人知れず苦悩していた。勉強はそれほど大変ではなかった。彼にとっての問題は、母親と父親のすれ違いだった。彼は幼かった。母親の期待に応えたかった。父親の意に副いたかった。そうして、彼を無条件に愛してくれている筈の2人に、彼に出来る精一杯の愛を贈りたかった。だから彼は、自宅から片道1時間ほどのところにある塾に毎日通いつつ、お盆は家族でゆっくり過ごしたいと考えた。けれども母親はそれを良しとしなかった。ならばせめて、普段は仕事で忙しい父親とだけでも。母親を納得させるために、「学校の宿題もやらないといけないから」と理由を付けた。
 ぼんやり眺めていた窓の向こうに、ひまわり畑が見えて、消え去っていった。
 15年前の夏、彼は地元で有名なひまわり畑を父親と訪れた。黄色と茶色の大きな花は、綺麗というより少し不気味だった。その後は、白い砂浜と青い海。海の家も無い小さなビーチで少しだけ海水浴をしたら、未舗装の田舎道をレンタサイクルで走って、閑散とした駅舎で電車を待った。売り切れだらけの自動販売機で、よく分からない味のジュースを飲んで喉を潤したのを覚えている。夕暮れに着いた隠れ家的な山の宿では、出された料理の山菜がとても苦かった。手持ち花火をしようかと父親に誘われたけれど、風が強くて線香花火が長く続かなかった。
 1泊2日の旅行は、幼い彼が思っていたほど、父親を喜ばせるものではなかったかもしれない。もしかすると父親は「折角のお盆休みを、子供の我儘に潰された」と思っていたかもしれない。けれども、絵日記の宿題は完璧にこなせた。滅多なことでは褒めない母親が、「とっても良い出来ね」と微笑んでいたのが印象的だった。
 あの夏の思い出は、もう、彼以外の誰も知らない。
 ……気付けば彼は、落涙していた。
「間も無く終点です。お忘れ物の無いよう、お気を付けください」
 電車のアナウンスが、彼を現実に引き戻す。半袖で涙を乱雑に拭うと、彼は立ち上がった。

文章の長さ: 掌編(2000字程度)
ジャンル: 現代日本
視点: 三人称限定視点
恋愛傾向: 恋愛傾向なし
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