日本語アドバイス(26/02/05)の補足資料#10 同一語彙表現の回避方法⑥

 この記事群は、同人小説にコメントを付すサービス「感想&日本語アドバイス」で依頼者様に送付した補足資料(にちょっと変更を加えたもの)です。この記事を書くに至った経緯、参考文献などは、 #01 はじめに をご覧下さい。

1.1.    BEFORE

慌てて扉を開けば、そこには寒さに震える友人がいた。開け放った先から凍てつく風が吹き流れてきて佐藤も震え上がってしまう。彼は急いで友人を部屋へ招き入れる。

1.2.    AFTER

慌てて扉を開けば、そこには手や顔を真っ赤にして震える友人がいた。外から凍てつく風が吹き流れてきて、部屋の寒さに慣れていたはずの佐藤も思わず身震いをしてしまう。玄関付近の室温は、今の一瞬でぐっと下がったことだろう。彼は急いで鈴木を部屋に招き入れた。キッチンを兼ねた細い廊下を進み、来客と共に狭い居室に戻る。

1.3.    改善案の生成プロセス

文脈
鈴木さんが来た。外はめっちゃ寒い。早く部屋に入れてあげなくては。

目標
①「開く」を1回だけ使いたい。
②「震える」を1回だけ使いたい。
③「友人」を1回だけ使いたい。
④「寒い」も可能なら1回以内に抑えたい。

1.3.1.   「開く」を言い換える

 「慌てて扉を開けば、」で既に扉は開きました。そのため、「開け放った先」は別の言葉で言い換えられそうです。「開け放った先」については、「外」「屋外」「玄関先」「玄関の前」などで言い表わすことが可能です。そこで今回はとりあえず「外」を採用することにします。

参考
慌てて扉を開けば、そこには手や顔を真っ赤にして震える友人がいた。外から凍てつく風が吹き流れてきて、【何かめっちゃ寒い!】

1.3.2.   「震える」を言い換える

 改善案においては、「震える」そのものは1回だけ使い、2回目は複合名詞「身震い」を用いることとしました。また、「震える」系の言葉の連続使用に正当性を持たせるために、「佐藤も」というかたちで「も」を使用し、「鈴木」と「佐藤」を並立的に扱いました。とりたて助詞「も」には、「並立」の機能があります(庵2000:244-245)。

参考
慌てて扉を開けば、そこには手や顔を真っ赤にして震える友人がいた。外から凍てつく風が吹き流れてきて、部屋の寒さに慣れていたはずの佐藤も思わず身震いをしてしまう。【超寒い、早く家の中に入れてあげないと……】

1.3.3.   「寒い」系統の言葉に関して

 満を持して「寒い」系統の言葉を用いるも良し、ちょっと前に「寒い」を言い換えた時と同じように、連想ゲーム的な言い換えテクニックを用いるも良しです。改善案には「部屋の寒さに慣れていたはずの」がありますが、この部分はお好みに合わせて削除してもOKです。必須の要素ではありません。

 すなわち、工夫をすれば、「寒い」を1回も使わずに「寒い」を表現することが可能です! 

参考 「寒い」ゼロで寒さを表現
佐藤はスマホをパソコンデスクに置いて、ため息を吐く。息が白い。節約のために暖房を切っているからだ。パソコン画面に集中していた時は気にならなかったが、この部屋の空気は今、外と同じくらい冷たいかもしれない。自覚した途端、体が温もりを求め始めた。
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慌てて扉を開けば、そこには手や顔を真っ赤にして震える友人がいた。外から凍てつく風が吹き流れてきて、部屋の寒さに慣れていたはずの佐藤も思わず身震いをしてしまう。玄関付近の室温は、今の一瞬でぐっと下がったことだろう。

 「寒い」を1回も使わずに「寒い」を表現しています。「寒い」の字義や、想起される状況(どういう時に「寒い」と言いたくなるか、なぜ寒いのか、どんな状況になりたいか など)、連想される言葉などを、上手に組み合わせていくことによって、「寒い」を使わずに「寒い」を表現できるというわけです。

 述語(動詞、形容詞、形容動詞)なら、大抵の場合、連想ゲームの要領で、何らかの言い換えはできるように思います(勿論、限界はありますが)。日常的によく使う述語(歩く、走る、飲む、食べる、美しい、優しい、明るい、暗い、元気だ、好きだ、綺麗だ などなど)を幾つかチョイスして、練習してみるのも良いかもしれません。

 ただ、名詞(特に固有名詞)になると、話は変わってきます。簡単なのもあればすごく難しいのもある。有名なものほど、多くの読者と共有されている知識があるため、言い換えがしやすい傾向があるように思います。例えば「福澤諭吉」の言い換えは「古い一万円札の人」「名著『学問のすすめ』の著者」とかでいけそうです。しかし、例えば「金沢駅」の言い換えは(少なくとも私には)難しいです。

1.3.4.   「友人」が指し示すもの

 「友人」が指し示すものは、「鈴木達樹というキャラクター」すなわち、「鈴木」「達樹」です。「達樹」は佐藤さんの心の声やセリフでのみ用いられているので、心の声以外の地の文で使えるのは、実質的に「鈴木」のみとなります。

 しかし、この「友人」すなわち鈴木さんは、原文の文脈において、(友人であるだけではなく)佐藤さんの家にやってきたお客さんでもあります。今回は、この、文脈が持っている「客」という性質を上手く生かして、「来客」と言い換えることにしました。

 「鈴木」「友人」「来客」を使うことにしたのはいいけれど、どの言葉をどのタイミングで使えば良いのか?

 クイズっぽくしてみましょう。以下の【タイミング①】と【タイミング②】と【タイミング③】には、共通して、登場人物「鈴木達樹」を表わす言葉が入ります。使える言葉は「鈴木」「友人」「来客」で、それぞれ1回ずつ使えます。どこにどの言葉を入れるのが適切でしょうか?

参考
慌てて扉を開けば、そこには手や顔を真っ赤にして震える【タイミング①】がいた。外から凍てつく風が吹き流れてきて、部屋の寒さに慣れていたはずの佐藤も思わず身震いをしてしまう。玄関付近の室温は、今の一瞬でぐっと下がったことだろう。彼は急いで【タイミング②】を部屋に招き入れた。キッチンを兼ねた細い廊下を進み、【タイミング③】と共に狭い居室に戻る。

 【タイミング①】では「鈴木」「友人」が、【タイミング②】と【タイミング③】では「鈴木」「友人」「来客」が使えます。【タイミング①】で「来客」が使えないのは、玄関先にいたのが「来客」だということがまだ明らかにはなっておらず(泥酔した見知らぬ他人かもしれない)、お客さんの文脈が完全には成立していないためです。

タイミング①「鈴木」「友人」が可能
タイミング②「鈴木」「友人」「来客」が可能 →「鈴木」を選択
タイミング③「鈴木」「友人」「来客」が可能

 【タイミング②】の文には「彼」があります。この「彼」が佐藤さんを指示していることを強調するために、佐藤さんではないもう一人の登場人物として名前を出して「鈴木」をチョイスしたいところ。そうすると、消去法で、【タイミング①】は「友人」になり、【タイミング③】は「来客」となります。

参考
慌てて扉を開けば、そこには手や顔を真っ赤にして震える①友人がいた。外から凍てつく風が吹き流れてきて、部屋の寒さに慣れていたはずの佐藤も思わず身震いをしてしまう。玄関付近の室温は、今の一瞬でぐっと下がったことだろう。彼は急いで②鈴木を部屋に招き入れた。キッチンを兼ねた細い廊下を進み、③来客と共に狭い居室に戻る。

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目次:日本語アドバイス(26/02/05)の補足資料#01 はじめに

文章の長さ: 掌編(2000字程度)
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