日本語アドバイス(26/02/05)の補足資料#03 同一語彙表現の回避方法②

 この記事群は、同人小説にコメントを付すサービス「感想&日本語アドバイス」で依頼者様に送付した補足資料(にちょっと変更を加えたもの)です。この記事を書くに至った経緯、参考文献などは、 #01 はじめに をご覧下さい。

1.1.    BEFORE

画面上で動くグラフを睨みつけていた瞳が、ふと動いた。

1.2.    AFTER

佐藤は、画面上で動くグラフを睨みつけていた。その瞳が、ふとディスプレイの外に向く。

1.3.    改善案の生成プロセス

文脈
PC画面をガン見して投資の仕事をしていたけど、何とはなしに、視線を画面の外に移してみた。

目標
①同一語彙表現「動く」「動いた」を1回だけ使用したい。
②「画面上で動くグラフ」は保持したい。
③瞳がどこに向かって動いたのかを明示したい。

1.3.1.   連体修飾構文を解除する

 連体修飾構文とは、連体修飾節と主要名詞からなる、名詞を修飾する構文のことです。通常の文では名詞が述語によって格を与えられ、それが助詞で表わされます。しかし、連体修飾構文においては、主要名詞が述語によってどのような格を与えられているのかが、明示されません。

 原文を見てみると、「画面上で動くグラフ」「画面上で動くグラフを睨みつけていた瞳」となっており、連体修飾構文が入れ子構造になっています。「グラフ」は、もしも「画面上で動く」の節の中に戻すなら「が」で表わされます。一方、「画面上で動くグラフを睨みつけていた瞳」において、「グラフ」は「を」で表わされています。つまり、「グラフ」は、主要名詞としては「が」の資格を有するけれど、それと同時に、別の節では「を」の資格も持っています(1つの文の中で、1つの名詞が、異なる2つの資格を持っている!)。しかし、連体修飾構文の主要名詞を解釈する際は、一般的には「が」の資格を有しているように解釈しやすいので、この現象はあまり問題になりません。

 問題は、「瞳」です。「瞳」は、もしも「画面上で動くグラフを睨みつけていた」の節の中に戻すなら「が」ではなく「で」で表わされると考えられます(?佐藤の瞳が睨みつける vs 佐藤が瞳で睨みつける)。しかし、「瞳」は、「ふと動いた」に対する主語(「が」で標示される)でもあります。つまり、「瞳」は、主要名詞としては「で」の資格を有するけれど、それと同時に、別の節では「が」の資格も持っています(またしても、1つの文の中で、1つの名詞が、異なる2つの資格を持っている!)。そして、先述の通り、連体修飾構文の主要名詞を解釈する際は、一般的には「が」の資格を有しているように解釈しやすいので、主要名詞として「で」の資格を有している「瞳」は、「グラフ」と比べると、ちょっと読解コストが高くなります。

 私ならこれを回避したい。そこで、「瞳」の部分だけ、連体修飾構文を解除します。具体的には、「画面上で動くグラフを睨みつけていた」で文を一旦切り、「瞳」は「その瞳が」と主語にして、2文目に持っていきます。「その」を付加しているのは、1文目との繋がりを維持するためです。

参考
①画面上で動くグラフを睨みつけていた。瞳がふと動いた。
②佐藤は、画面上で動くグラフを睨みつけていた。瞳がふと動いた。
③佐藤は、画面上で動くグラフを睨みつけていた。その瞳がふと動いた。

 ①だと「誰が? 誰の瞳が?」となります。少し説明が不足している印象を受けます。②だと、文脈からして恐らく佐藤さんの瞳が動いたのだろうな、ということは分かるけれども、「瞳」がやや唐突な感じがします。③には「その」があります。この「その」の指示対象は、「画面上で動くグラフを睨みつけていた、佐藤の」です。「その」によって、1文目との繋がりが維持されます。

1.3.2.   「ふと動いた」を言い換える

 動詞「動く」の使用は1回だけにしたいけれど、「画面上で動くグラフ」は保持したいので、「ふと動いた」のほうを言い換えることにします。「瞳がふと動いた」では、視線がどこか別の場所に移動したことを表わしたいので、「瞳」と一緒に使用可能な、移動を表わす動詞を探せればOKです。そこで、国立国語研究所による、膨大な数の現代日本語書き言葉を検索することのできるツール『NINJAL-LWP for BCCWJ』を用いることにします。

  「瞳が」は353例あり、138種類の動詞との共起例があるようです。その中から移動を表わす動詞を見ていくと、「動く」「迫る」「向かう」「向く」が見付かりました。もしかすると、ここには用例がないだけで、他にも何かしらの動詞と共起しやすいかもしれません(私がパッと思いついたのは「瞳が移る」でした)。

 では、「向かう」「向く」だったらどちらがよいか? これについて判断するために、「向かう」「向く」の意味を日本国語大辞典第二版で調べたうえで、「向かう」「向く」が「ふと」と一緒に使えそうかどうか、再びNLBで検索します。

 まずは動詞「向かう」を日本国語大辞典第二版で調べます。

向かう ※①~⑥は自動詞、⑦は他動詞
①他の正面に対して自分の正面を向ける。相対する。
②互いに相手を前にする。対座する。
③その方向に面を向けて進む。おもむく。出むく。
④時が近づく。その時になろうとする。また、時が移ってその状態になろうとする。
⑤二つのものが肩をならべる。相当する。匹敵する。
⑥はむかう。逆らう。はりあう。対峙する。
⑦向かわせる。向かうようにする。

 今回の文脈「瞳が向かう」に合う意味は、①か、③あたりでしょうか。

 次は動詞「向く」を日本国語大辞典第二版で調べます。

向く ※①~④は自動詞
①その方向・方角へ、自分の正面が位置をとるようにする。面する。また、対する。
②その方向をさす。その方向にむかう。
③その方向・状態に移行する。その傾向に進む。かたむく。
④うまく合う。適する。似合う。相応する。
⑤他動詞「向ける」と同様の意味。

 今回の文脈「瞳が向く」に合う意味は、①か、②あたりでしょうか。

 今回は「向かう」「向く」と「ふと」との相性を見たいので、念のため副詞「ふと」も調べておくことにします。

ふと
①行為・状態の変化などが急で突然であるさま。急に。即座に。にわかに。
②偶然になされるさま。ちょっとしたきっかけや思いつきで行なうさま。ひょいと。はからずも。とっさに。

 今回の文脈「瞳がふと動いた」に合う意味は、①よりは②かと思われます。この「ふと」の②の意味にある、「偶然」「はからずも」がポイントです。「ふと」には、ある動作に対して、偶然性や非意志性の意味を強める効果がある、といえそうです。動詞が(状態ではなく)動作を表わし、その動作にもし強い意志性がある場合は、「ふと」と一緒には使えない可能性がある、ということに留意しましょう(例えば、「決める」「命じる」「マラソンする」「覚悟する」などは、「ふと」とは相性があまりよくないといえそうです)。

 次は、NLBです。「ふと向かう」「ふと向く」を検索します。

 「ふと向かう」の共起例はNLBにはありませんでした。「向かう」には、動作主が意志を持って動作主の状態を変化させる意味があります。このため、偶然性や非意志性の意味を有する「ふと」との相性はあまりよくないのかもしれません。

 「ふと向く」の共起例は3例ありました。私の感覚では、「向く」は「向かう」と比べて、自分で明確な意志を持って行動している感じが少ないです。僅かながら「ふと」との共起例もあるので、もしかすると、「向かう」は「向く」より意志性が弱い、といえるかもしれません。

 そこで今回は、「向く」を採用することにしました。文末をどうするかについては、ひとまず原文を踏襲し、タ形をチョイスします。

1.3.3.   瞳がどこに向くのかを明示する

 さて、ここまでで行なった処理をもとにすると、以下のような文が生成されます。

参考
佐藤は、画面上で動くグラフを睨みつけていた。その瞳が、ふと向いた。

 2文目には情報が不足しています。それは、瞳はどこに(あるいは、どこを)向いたのか? ということです。動詞「向く」は、その意味を遂行するために、「が」と「に」(または「を」)の要素を必要とします。「が」は「その瞳が」なので良いとして、「に」(または「を」)が足りません。

 佐藤さんの瞳は、どこに向いたのか? 先ほどまで彼は画面上のグラフを見ていたので、ひとまず画面外に向いたことにします。しかし「画面外に」とそのまま記述すると、前文に「画面上」があるため、同一語彙表現が連続します。これを回避するなら、「画面」を言い換えます。PCの画面なので「ディスプレイ」「液晶ディスプレイ」「モニター」などでしょうか。私は「ディスプレイ」を気に入ったので、これを採用します。

 そうすると、以下のようになります。

参考
佐藤は、画面上で動くグラフを睨みつけていた。その瞳が、ふとディスプレイの外に向いた。

 助詞「に」はお好みで「を」にしてもOKです(なお私が「に」を選んだのは、前文に「を」があるので、「別に『を』でも『に』でもそこまで大きくニュアンスが変わらないなら、今回は『に』にしようかな」と判断したためです)。

 「向く」は移動動詞の一種で、移動動詞は、自動詞なのに「を」と共起できます(校庭を走る、エスカレーターを歩く)。「に」「を」どちらもOKだったり、「を」だけを許容したりと、移動動詞にも様々なものがあります。移動動詞の振る舞いについては、影山 (2001) がだいぶ詳しいです。

 最後に、文末表現をどうするか、ちょっとだけ考えます。「ル形、タ形、テイル形、テイタ形のどれを使うか?」です。テイル形とテイタ形は除外。問題は、ル形にするかタ形にするか、すなわち「向く」にするか「向いた」にするか、です。躍動感や臨場感を出すならル形、とよく言われます(例えば、瀬戸2019ではこれについてかなり詳しく述べられています)。なぜル形だと臨場感が生まれるのか? それは、タ形と比べて、読者が語り手と同一化しやすくなり、物語の体験を「今まさに行なっている」という感覚を得られるからではないかな? と私は思っています。

 「さっきまではずっと画面を睨んでいたんだけど、今まさに、ふと、画面外に視線が向いたところなんだよね」とか「語り手(≒佐藤さん)は、画面外に視線が向いたことを、明確に身体感覚で捉えているよ」といった感じを出すなら、ル形の「向く」を選択します。一方、「今まさに」感や、語り手との一体化は今はそこまで要らないよ、という場合は、タ形の「向いた」を選択します。

 私は、「今まさに」感や、語り手との一体感を重視したいな~と思うので、「向く」を使うことにしました。さっきまでずっと画面上のグラフに集中する時間が続いていたけれども、今この瞬間に、その連続が途切れて、新しい事象が生起した……ということが強調できるように思います。

1.3.4.   補足

 「画面上で動くグラフ」の「動く」を保持するのではなく、「瞳が、ふと動いた」の「動く」を保持するパターンも、勿論あり得ます。その場合は、「画面上で動くグラフ」を別の表現に言い換えます。

 画面上でグラフが動く時、そのグラフはどのような形で、どのように動くか? 例えば、線グラフが、左ではなく右に向かって、小刻みに上がったり下がったりしながら、時間経過と共にどんどん伸びていく。そういった描写をしたい場合は、「画面上で上下するグラフ」とか、「画面上で揺れながら右方向に進むグラフ」といった表現をしてもいいかもしれません。

 また、株価の動きを表わすグラフは一般的に「チャート」と呼ばれるようです(投資に全く詳しくないのでちょっとだけ調べました)。チャートには幾つか種類があって、どうやら、基本的には、棒グラフと線グラフが組み合わさったような形状の「ローソク足」のチャートを見て、あれこれ細かい分析をしていくっぽいです。「グラフ」を「チャート」とか「ローソク足」のように表現すると、(投資を全く知らない読者は「?」となり得ますが)雰囲気が出るかもしれません。好みの問題です。

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文章の長さ: 掌編(2000字程度)
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