この記事群は、同人小説にコメントを付すサービス「感想&日本語アドバイス」で依頼者様に送付した補足資料(にちょっと変更を加えたもの)です。この記事を書くに至った経緯、参考文献などは、 #01 はじめに をご覧下さい。
1.1. BEFORE
「ごめん」と佐藤清志は小さな声で呟いた。伝えたい相手は、意識を手放していて、それが伝わることはない。
1.2. AFTER
「ごめん」と佐藤清志は小さな声で呟いた。伝えたい相手は、意識を手放している。だから謝罪の言葉は虚空に消えていった。
1.3. 改善案の生成プロセス
文脈
「ごめん」って小さい声で言ったけど、相手は寝てるから伝わらない。
目標
①類似語彙表現「伝わる」「伝える」を1回だけ使用したい。
②「それ」の指示対象を一意に同定したい。
1.3.1. 文を2つに分ける
テ形節までの主語は「伝えたい相手は」で、主節の主語は「それが」です。テ形節の前後で主語が変わっています。テ形には、以下の用法があります(庵ほか2000:190-191を参照)。
「付帯状況」(ある動作に付随して、他の動作または動作の結果の状態があること)
「手段」(例えば「牛乳パックを使っておもちゃを作った」のような用法)
「継起」(動作や事柄が続いて起こること)
「原因・理由」(テ形節で原因や理由を表わし、主節で結果を示す用法)
「並列」(複数の動作や事柄を重要度の差なしに並べて示すこと)
付帯状況や手段の場合、テ形節に主語は現れません(主語は必ず主節と同一です)。継起や原因・理由の場合、テ形節に独自の主語を明示することができます。並列の場合、テ形節で「は」(主題)を用いることが可能です(庵ほか2000:191を参照)。このように、テ形節は用法によって文法的振る舞いが異なります。
テ形節の前後では主語を同一にすると、文がより円滑に読めるように私には思われます(恐らく私は、テ形を付帯状況っぽく解釈しやすい)。このため、テ形節のタイミングで文を2つに分けることにしました。
また、「~手放していて」と「それが伝わることはない」との間には、原因と結果の関係があります。このため、分割した2文を「だから」で接続することにしました(やや好みの問題を含みます)。「だから」を使用しない場合は、「この文とこの文との関係は、こうである」と明確に示すマーカーが消えるため、文と文との間に隙間が生じ、読者に行間を読ませるような文章になります。
参考
「ごめん」と佐藤清志は小さな声で呟いた。伝えたい相手は、意識を手放している。だから謝罪の言葉は虚空に消えていった。
1.3.2. 「それ」を言い換える
「それ」は人間以外の名詞を指し示す指示語なので、「それ」が指示する対象としては、理論上、「ごめん」「小さな声」「呟いたこと」「意識」など、幾つかの候補が挙げられます。しかし、文脈を加味すると、「それ」が指し示すのは「ごめん」であることが分かります。
「ごめん」は申し訳なさを表わす言葉で、佐藤さんはこの言葉を実際に発声しています。つまり、謝罪の気持ちを言葉に出しているので、「それ」を「謝罪の言葉」と言い換えました。
1.3.3. 「伝わることはない」を言い換える
伝えたい内容「ごめん」という言葉は、伝えたい相手には伝わらない……ということです。
伝えたい相手には伝わらない
→言葉が相手に届かない
→言葉が相手に届く前に、途中で意味を失ってしまう
→言葉が無意味なものである
→言葉が消える。「消える」はその意味を遂行するために「が」が必要で、「に」があってもいい
→「が」は既にある。「に」が明示されていない。言葉が、どこに、消える?
→言葉が音声として口から放たれた後、音波は空気の中を伝わりながら、減衰していく
→じゃあ、「空気」みたいな言葉がよさそう
→宙、中空、空気、虚空……よし、カッコイイので虚空にしよう!
→「言葉が虚空に消える」が完成!!
文末はどうするか?(ル形、タ形、テイル形、テイタ形のどれを使うか?)
→「ごめん」という小声が、だんだん空気の中に溶けて、最後にはなくなる、虚しい感じを表現したい
→テイル形は進行を表わす。テイタ形は結果状態を表わす。今回はどちらも不採用
→「消える」と「消えた」だったら、「消えた」のほうが虚しいかも
→「消えた」だと一瞬で消失する感じがする。だんだん溶けていく感じを表現したいなあ
→テイク!? テイクがあるじゃん!
→テイク+タ形で「言葉が虚空に消えていった」が完成!!
目次:日本語アドバイス(26/02/05)の補足資料#01 はじめに
