日本語アドバイス(26/02/05)の補足資料#08 不親切描写の回避方法②

 この記事群は、同人小説にコメントを付すサービス「感想&日本語アドバイス」で依頼者様に送付した補足資料(にちょっと変更を加えたもの)です。この記事を書くに至った経緯、参考文献などは、 #01 はじめに をご覧下さい。

1.1.    「なぜなら?」「それによって?」

 小説では、基本的に、何かの動機があって登場人物が行動を起こします。あるいは、何かの動機があって登場人物がある心情を持った状態になります。そして、その行動や心情が、さらに次の行動や心情に繋がっていきます。動機→行動→心情、あるいは、動機→心情→行動の連続で、物語は前に進んでいくというわけです。

 もしこの辺りのスキルを身に着けたい場合は……?

 ひとまず公立高校の国語の過去問を解いたり読んだりしてみましょう。中学入試の問題も良質なのですが、中学校の過去問といってもマーク式や記述式、小論文っぽいのを書かせるタイプなど、様々にあるので、どの学校をチョイスするかが非常に難しいです。学校の特性にあまり詳しくなければ、ひとまず出身地やお住まいの都道府県の公立高校の過去問を選んでみることをオススメします。過去数年分の問題や解答のPDFが、都道府県の教育委員会で無料配布されていることが多いです。
 読んだり解いたりするのは現代文の部分だけでも勿論OKですが、古文や漢文の部分にも取り組めると、「誰が行動したのか、主語が省略されてる。登場人物はAとBとCだけど、文脈からしてAだな」「この言い方、レトリカルでめっちゃ風流~」など、現代文を解いている時にはなかなか出会えない気付きがあるので、尚良しです。
 もし高校入試レベルが物足りなければ、共通テストやセンター試験の過去問でも構いません。時間を測って解くのではなく、読書しながらクイズ感覚で楽しんで取り組むのがオススメです。ちょっと分からないな~と思った問題は、解きながら解説を読むのも勿論OK!

 小説を執筆する場合も、なるべく「この行動の動機は? 結果としてどんな心情になる?」「この心情の動機は? 結果としてどんな行動をする?」を考えていきたいところ。合言葉は、「なぜなら?」「それによって?」です。プロットや初稿の段階で「なぜなら?」「それによって?」を全ての登場人物について考えることができれば、<最強>です(締め切りに追われる未来の自分、推敲で手が止まってしまう未来の自分を救います)。しかし、それはあくまで理想論。初稿で完璧にする必要はありません。初めはノリノリで書き、推敲時に「なぜなら?」「それによって?」を繰り返して研磨していくのも、大いにアリです。

 人によっては、「なぜなら?」「それによって?」をプロットや初稿の段階でがっつり練ったほうが良い作品になる場合があります(今現在の私はこのタイプです)。その一方で、初めは筆の赴くままに書いて後から修正を加えるほうが効率が良い人もいるかもしれません(過去の私はこのタイプでした)。同じ人でも、作品の長さや性質によっては、きちんと詰めてから書く方が良いこともあれば、衝動で書いて後からちょっとだけ直すのが良い場合もあるでしょう。世界観設定が込み合っていたり、長編になりそうだったりするなら、「なぜなら?」「それによって?」はプロットかそれ以前のアイディアメモの段階で詰めた方が後が楽です。テーマが明確に定まっている掌編や短編の場合は、推敲の段階でちょっと見直すくらいに留めて、初めは深刻に考えなくても良いかもしれません。

1.2.    描写に動機を足す

1.2.1.   原文

①とっくに日付は変わっている。
②佐藤はもうこんな時間かとキーボードを打つことを止め体を伸ばした。
③どれだけ頑張っても高い目標には届かない。
④自分の店を持つためには、~
⑤自分で決めた道に一切の後悔はない。
⑥けれど「疲れた」と思わないわけではない。

1.2.2.   原文の分析

原文①→原文②

 動機→心情(次の行動への動機)→行動(次の心情への動機)の構造を明確にすると、以下の表のようになります。

動機日付が変わっているという気付き
心情(次の行動への動機)「もうこんな時間か」と思う。肉体的な疲労を自覚する
行動(次の心情への動機)作業の手を止め、凝り固まった身体を伸ばす (身体を伸ばした後に肉体的な疲労を自覚するパターンもアリ)

 明示はされていませんが、原文①と原文②の行間を読むと、「もうこんな時間か」という心の声には、「肉体的な疲労を自覚した」ということが含意されている、と解釈可能です。これを文として明示するか、明示しないかは、読者にどれくらい行間を読ませるかという話になります。

 なお、小説の文章として記述する順番は、「心情1(動機)→行動1(心情1の結果かつ心情2の動機)→心情2(行動1の結果かつ行動2の動機)→行動2→ ……」のように、全ての行動・心情・動機を必ず時系列順に記述しなければならない、というわけではありません。例えば、「メロスは激怒した」と心情だけを先に書き(げきおこの動機はこの時点ではまだ書かない)、ちょっと後で「何で激怒したのかというとね……」という理由の部分を書くことだって、できます! また、動機をあえて書かないままにして、行間をいっぱい読者に読み取って貰うという手も、あります!

 要は、「この動機は、次の文に繋げる情報として必要なので、書く」「この動機は、読者に何パターンかを想像してもらいたいから、書かない」というように、動機の明示や非明示を自分でコントロールが出来ればOK! そのためには、行動や心情の後ろにどのような動機があるのかを、執筆者がきちんと認識しておく必要があります

原文②→原文③

 行動「身体を伸ばす」と心情「どれだけ頑張っても~」の間においても、何らかの動機があると考えられます。しかしこれは原文では明示されていません(このため、「さっきまで行動を描写していたのに、いきなり内省が始まった。突然、どうしたんだろう?」と感じる人もいるかもしれません)。

 では、動機は何なのか? 原文⑥では、「疲れた」と思うことがある旨が記述されています(恐らくこれは、文脈からして、肉体的ではなく、精神的な疲労です)。このため、原文②から原文③の間には、「精神的な疲労を自覚する」というフェイズがあると考えられます。あるいは、原文③のタイミングでは無自覚で、徐々に自覚する可能性も、勿論あり得ますね。

行動(次の心情への動機)作業の手を止め、凝り固まった身体を伸ばす
心情(次の行動への動機)精神的な疲労がある(無自覚or自覚済み) 焦燥、無気力感、疲労などの精神状態である(無自覚or自覚済み)
行動(次の心情への動機)「目標が遠い」「やるべきことが山積している」「後悔はしていない」などの思考を行なう(原文③~原文⑤)
心情(次の行動への動機)「疲れた」と明確に思う(原文⑥)。鈴木に会いたくなる
行動(次の心情への動機)
  ⋮      
スマホを手に取る
  ⋮

 すなわち、原文①から原文⑥までの間には、以下に図示する流れがあります。

 あるいは、原文①と原文②はほぼ同時的に起きており、その後で肉体的な疲労を自覚した、という流れもあり得ます。

 では、原文において記述のない「肉体的な疲労を自覚」および、仄めかしに留まっている「精神的な疲労の兆候」について、どのように記述すれば、文章の流れをよりスムーズにできるでしょうか?

1.2.3.   肉体的な疲労を記述する

 原文②では、肉体的な疲労を自覚したために身体を伸ばしました。あるいは、身体を伸ばしたために肉体的な疲労を自覚したパターンもあり得ます。

 私は後者を選び、身体を伸ばすという行動の動機はあえて書かないことにして、「身体を伸ばしたらぱきぱきと音がして、『ああ、自分、疲れてるんだな』と自覚する」という流れを選ぶことにしました。

 肉体的な疲労を表わす方法は、寒さの表現と同様に、「身体が重い」「倦怠感がある」「肩が痛い」「腕や足がつる」「眠い」「空腹だ」「喉が渇いた」など様々なものが考えられます。長時間のパソコン作業でずっと同じ姿勢だったなら、身体を伸ばしたら背中や肩の辺りで何らかの音がしそうです。そこで、その旨を記述することにしました。

参考
もうこんな時間かと、佐藤はキーボードを打つ手を止めた。体を伸ばすと、ぱきぱきと音がした。【ここで肉体的な疲労を自覚】

 「肉体的な疲労を自覚」したことをどう書くかについては、「今まで自覚してなかったけど、どうやら身体は疲れてたみたいだ」ということを言い表わせれば問題ありません。

 「自覚する」は、肉体的な疲労を認識していない状態が、「今、疲れてるな」と認識した状態に変化する、ということです。「知らず知らずのうちに~らしい」「知らない間に~ようだ」というような表現を用いて、疲労をまだ認識していなかった状態も記述することにします。そして次の「身体は疲れてたみたい」については、少し後ろの原文に「疲れた」という言葉があり、これはそのまま保持して強く印象付けたいので、「疲れた」を別の言葉に言い換えます。ここは素直に「疲労」を使います。

 そうすると、以下のようになります。

参考
もうこんな時間かと、佐藤はキーボードを打つ手を止めた。体を伸ばすと、ぱきぱきと音がした。知らず知らずのうちに、疲労が溜まっていたらしい。

1.2.4.   精神的な疲労の兆候を記述する

  ここまで出来たら、次は精神的な疲労の兆候の記述です。後続文(原文③~⑤)では明確に、精神的な疲労の兆候が記述されています。その流れを切らないように間を繋げられる文があると尚良い。

 思考プロセスとしては、繋げたい2つの文が持っている要素の間に、何かしらの共通項がないかを考えます。「肉体的な疲労を自覚」と「精神的な疲労の兆候」との間には、「疲労」という明確な共通項があります。このことを利用して、肉体的な疲労だけではなく精神的な疲労も溜まっているっぽい、という流れにすると、2つの文が非常にスムーズに繋がります。

 例えば、「身体は疲れたっぽいけど、まだまだ弱音を吐いている場合じゃない」「身体は確かに疲れたかもしれないけど、もっと頑張らないといけない」という方向性(=この時点ではまだ、精神的な疲労を自覚していない)もアリです。また、「身体が疲れたからなのか、心も疲れたような気がしてきた」「今日は上手くいかなかった。身体も疲れたし、精神力の摩耗も感じる」という方向性(=この時点で明確に、精神的な疲労を自覚している)もアリです。

参考(原文)
③どれだけ頑張っても高い目標には届かない。
④自分の店を持つためには、~
⑤自分で決めた道に一切の後悔はない。
⑥けれど「疲れた」と思わないわけではない。

 原文③~⑤では、精神的な疲労の兆候として、「頑張らないといけないことがまだまだ沢山ある」というような焦燥感や、「高い目標に届かない」という無力感が描写されています。そしてその後に、原文⑥において「疲れた」が明示されています(「疲れた」と思わないわけではない、と少しぼかされていますが、佐藤さんはあまりはっきりとした弱音を吐きたくないため、このような表現を選択しているのかもしれませんね(深読み))。このため、精神的疲労が徐々に知覚され、最後に明確な認識「疲れた」となる、という流れにすることにしました。すなわち、「身体は疲れたっぽいけど、まだまだ弱音を吐いている場合じゃない」「身体は確かに疲れたかもしれないけど、もっと頑張らないといけない」という方向性を採択します。

 ここは行動描写パートではなく内省パートなので、没入感は高め(4または5)にしたいです。そのため、主語「佐藤」を非明示にし、話し手の主観を表わす表現を使えるところではとことん使っていくことにします。

1.2.5.   AFTER一例

もうこんな時間かと、佐藤はキーボードを打つ手を止めた。体を伸ばすと、ぱきぱきと音がした。知らず知らずのうちに、疲労が溜まっていたらしい。
しかし、甘えてはいられない。理想の実現まで、あとどれくらいの努力が必要だろうか。

(原文③~⑥に続く)

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目次:日本語アドバイス(26/02/05)の補足資料#01 はじめに

文章の長さ: 掌編(2000字程度)
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