日本語アドバイス(26/02/05)の補足資料#05 同一語彙表現の回避方法④

 この記事群は、同人小説にコメントを付すサービス「感想&日本語アドバイス」で依頼者様に送付した補足資料(にちょっと変更を加えたもの)です。この記事を書くに至った経緯、参考文献などは、 #01 はじめに をご覧下さい。

1.1.    BEFORE

スマホを手に取り通話アプリを開く。「達樹」の二文字はいつも上部に置かれている。その二文字を押そうと人差し指を画面に近づけるが、思いとどまる。
(こんな時間に迷惑だろう)

1.2.    AFTER

スマホを手に取り通話アプリを開く。連絡先が並ぶ中、「達樹」はいつも上部に置かれている。その二文字にこの人差し指が触れれば。きっと声が聞けるはずだ。もしかすると会いに来てくれるかもしれない。
しかし佐藤は手を止めた。
こんな時間に迷惑だろう。

1.3.    改善案の生成プロセス

文脈
疲れたと思う時、佐藤さんは鈴木さんに会いたくなる。だから電話をしようと思った。でも、深夜だから迷惑だろうと思って、やっぱり電話はしないことにした。

目標
①「二文字」を1回だけ使いたい。
②「上部」には「達樹」がある。下部には何があるかを明らかにしたい。
③「達樹に会いたい」という気持ちを強調するために、没入度を高めたい。
④心の声を記述する際に、丸括弧を使うかどうかを決定したい。

1.3.1.   「二文字」を言い換える

 「二文字」は、「達樹」という連絡先の文字のことを指します。このアプリは、画面に表示されている「達樹」の二文字をタップすれば、(LINEのようにメッセージが画面表示されるか、直接通話が開始されるかして)最終的には電話することができると思われます。

 使用する順番としては、「二文字」が何を指示しているのか明確にするために、先に「達樹」を使い、その後で「二文字」を使うのが良いでしょう。

 なお、この「二文字」=「達樹」に触れるという行為は、「電話する」すなわち、「声が聞ける」「もし都合が付けば、会えるかもしれない」という期待と直結しています。「疲れた」と思う時、佐藤さんは鈴木さんに会いたいと思う、とのことなので、これを強調する目的で、話し手の主観を表わす表現を用いて、没入度を上げることにします(詳細は後述)。

1.3.2.   「上部に置かれている」を補足的に説明する

 上部というのは、アプリ画面の上部です。では、アプリ画面には他に何が書いてあるでしょうか? 上部に「達樹」があるなら、下部には何があるのか? 私はこれを、「『達樹』以外の様々な連絡先が並んでいる」と推測しました。そこで、「連絡先が並ぶ中、」と補足情報を付加することにします。

1.3.3.   没入度を上げる

 先述の通り、「疲れた」と思う時、佐藤さんは鈴木さんに会いたいと考えます。よって、これを強調する目的で、言いさし文(主節まで述べずに、従属節だけで文を終わりにするもの(※研究者によって細かな定義は異なる))を用います。また、「~はずだ」「~かもしれない」といった、話し手の主観を表わすための文末表現(言語学界隈では「モダリティ」「ムード」のように呼ばれます)を用いることにします。

 話し手の主観を表わす表現を用いると、話し手の考えを、「話し手が」「話し手は」と主語にせずに、また、「~と思った」「~と感じた」などの述語を用いずに、さらっと記述できます。このため、話し手の気持ちがストレートに伝わり、没入度が上がるというわけです。

 文の生成プロセスは以下の通りです。

声が聞きたい。出来れば会いたい。だから、画面に表示されている「達樹」の二文字に触れたい
→「達樹」の二文字に触れれば、きっと声が聞けるだろうし、もしかすると会えるかもしれない
→まず「その二文字にこの人差し指が触れれば。」と言いさし文にする(強調効果を狙う)
→次に「きっと声が聞けるだろう」を強めの推量にし、「きっと声が聞けるはずだ」とする
→最後に「テクレル」と推量表現を使って「もしかすると会いに来てくれるかもしれない」とする

 ここで重要なのは、1文に情報を詰め込み過ぎないことです。もし従属節を用いる場合は、1文あたり1つまでを基本にします。「その二文字にこの人差し指が触れれば、電話が繋がるから、きっと声が聞けるはずだし、都合が良ければ会いに来てくれるかもしれない」というように書くと、1文あたりの情報量がかなり増え、なおかつ、連体修飾構文がないので、左から右にさらっと読ませる感じになります。しかし、今回は没入度を上げたいので、1文をじっくり読ませたいという明確な意図があります。そこで、あまり多くの情報は詰め込まず、複文ではなく単文で、文字数も少なめにするとよいでしょう。勿論、従属節を多く用いて、1文あたりの情報量を増やす手法は、非常に効果を発揮する場合があります。何やら小難しい思考をしている場合、さらっと状況説明がしたい場合、文全体に緩やかな時間の流れを持たせたい場合、などなど、使い方は色々です。

 話し手の主観を表わす表現を用いることで、没入度は4または5になります。期待の気持ちを持ったまま、「達樹」の二文字をタップするのかと思えば、佐藤さんは「思いとどまる」(原文)ことにしました。なぜなら、「こんな時間に迷惑だろう」と冷静になったからです。そこで、この冷静になった瞬間を、没入度の低下によって表現します。没入度が4または5で推移していた箇所では、佐藤さんは「達樹」の二文字をタップしようとして、画面に人差し指を近付けていたと思われます。しかし、佐藤さんはそれをしませんでした。この行動の中断を、「思いとどまる」という感情表現(=没入度が上がる)を使わずに、動作のみで「手を止めた」と表現することにしました。また、「佐藤は」と主語を明示しました。この2つの操作により、2くらいまで没入度が下がります。

 そして、「こんな時間に迷惑だろう」が、再び没入度を上げます(3か4になります)。そこから没入度は3と4の間で遷移しつつ、「溜め息を吐いたら、息が白かった」そして「この部屋、寒いな?」という気付き(没入度4または5)に繋がっていきます。

 ……「手を止めた」って、投資の仕事を終わりにする場面を言い換えた時にも使ったかも~!? 結構近いかも~!? もしこの点が気になる場合は、「手を止めた」とは別の表現を考えます。……え、何にしよう。「手を止めた」を言い換えるなら、「手は『達樹』に触れなかった」という感じで、否定形を使うのはどうでしょう。「しかし、佐藤の指先は友人の名を押下しなかった」「しかし、佐藤は友人の名をタップしなかった」あたりでどうでしょうか。

参考
スマホを手に取り通話アプリを開く。連絡先が並ぶ中、「達樹」はいつも上部に置かれている。その二文字にこの人差し指が触れれば。きっと声が聞けるはずだ。もしかすると会いに来てくれるかもしれない。
しかし、佐藤の指先は友人の名を押下しなかった。
こんな時間に迷惑だろう。

1.3.4.   丸括弧をどう使うか

 佐藤さんの心の声を記述する際、丸括弧を使うか、あるいは使わないかについて、少し考えてみます。心の声「こんな時間に迷惑だろう」は、丸括弧で括られています。しかし、その直後にある、心の声であると思われる「もう寝てしまおう」は、丸括弧なしでそのまま記述されています。

 可能性としては、話し手の主観を表わす表現を用いた文を含む、全ての心の声を丸括弧で括るのも、あり得ます(ただし、三人称限定視点だと、視点人物の心の声を地の文で書くことができるため、どこまでが心の声なのかが分かりにくくなるかもしれません)。また、印象的な心の声のみを丸括弧で括り、その他のちょっとした思考については丸括弧を用いないという方法もあります。全ての心の声を丸括弧で括らない、という手法もあるでしょう。

 何らかのルールに従って統一しておくと、文章全体に統制が取れて、より美しくなります。もし余裕があれば、心の声を記述する際に丸括弧を使うか使わないか、考えてみるとよいかと思います。

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文章の長さ: 掌編(2000字程度)
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