日本語アドバイス(26/02/05)の補足資料#04 同一語彙表現の回避方法③

 この記事群は、同人小説にコメントを付すサービス「感想&日本語アドバイス」で依頼者様に送付した補足資料(にちょっと変更を加えたもの)です。この記事を書くに至った経緯、参考文献などは、 #01 はじめに をご覧下さい。

1.1.    BEFORE

時計が指し示す時刻は既に深夜。とっくに日付は変わっている。佐藤はもうこんな時間かとキーボードを打つことを止めた。

1.2.    AFTER

目に入ったデジタル時計の数字の脇には、小さくAMと書かれていた。日付が変わってしばらく経つ。もうこんな時間かと、佐藤はキーボードを打つ手を止めた。

1.3.    改善案の生成プロセス

文脈
もう深夜なのか。今日の仕事は終わりにするか。

目標
①前文(PCから画面の外へと視線を移動させた旨の文)からのスムーズな流れを形成したい。
②時刻の提示と、時刻に対する発見の気持ちを明示したい。
③類似語彙「時計」「時刻」「深夜」「日付は変わっている」「時間」を整理したい。
④「深夜」と「日付は変わっている」はほぼ同義なので、どちらかを削除したい。
⑤類似語彙「既に」「とっくに」を整理したい。
⑥心の声「もうこんな時間か」は発見の気持ちを表わすので、保持したい。

1.3.1.   前文からのスムーズな流れを形成する

 スタートは「それまでPCの画面を睨んでいたが、画面外に視線を移す」という動作で、ゴールは「もうこんな時間か」という発見です。動作から発見までの間には、幾つかのプロセスがあります。そしてそのプロセスの中で、何らかの方法で時刻を明らかにする必要があります。

 前文では、佐藤さんが長らくPCの画面を睨んでいたけれども、ふと画面の外に視線を移したという旨が表現されています。今、佐藤さんが画面外の何かを見ていることまでは情報として提示されていますが、具体的に何を見ているのかまでは分かりません。そこで、次の文には、画面の外に移動した視線が何を捉えたのか、という情報を置くと、前文からの流れが途切れません。最終的には「もうこんな時間か」に持っていきたいので、具体的に何を見ているかについては、今の時刻が端的に分かるもの、すなわち時計をチョイスします。「画面外に移した視線が捉えたのは、時計だ」「時計が目に入った」「今、視界の中心に時計がある」のような感じで表現できそうです。

 そして、時計を見たことで、現在時刻が深夜で、しかも日付が変わっていることが分かります。そうして最終的に、「もうこんな時間か」という発見の気持ちが生じます。

1.3.2.   どんな時計にするか

 原文では「時計が指し示す時刻は、既に深夜」とあります。この方法をなるべく活用するのも勿論OKですし、視覚が捉えた時計の様子をそのまま記述するのもOKです。後者の場合は、やや好みの問題を含みますが、時計のタイプや形状を述べるのも、アリかもしれません。本題から脱線しない程度に、端的に記述するとよいでしょう。

 佐藤さんは、どんな時計を見たのか? パソコンの近くにある時計なら、百均で300円くらいで売っていそうな卓上時計か? それともちょっと高級な見た目の時計で、壁にかかっているのか? 時計のタイプは、アナログ時計か? それともデジタル時計か? アナログ時計の場合は、「アナログ時計の時針は、十二と一の間にあった」「アナログ時計の針がてっぺんで重なってから、少し経つ」といった感じになります。デジタル時計の場合は、「デジタル時計の数字の脇には、小さく『AM』と書いてある」「デジタル時計にはゼロが二つ並んでいる」といった感じになります。いずれも、時計の様子を「何時何分だ」と捉える前の段階、視覚的に捉えている状態で記述しています。

 私は時計のタイプに特段のこだわりがなかったので、百均で300円くらいで売っていそうな卓上用のデジタル時計をチョイスしました。

1.3.3.   時間に関する類似語彙の整理

 「時計」「時刻」「深夜」「日付は変わっている」「時間」を整理します。原文ではこれらの類似語彙が連続的に用いられているため、「今が深夜で、とっくに日付が変わったことを、かなりの強度で強調したいのかな?」という印象を受けました。これらの類似語彙を全て用いずに「時計を見たら、日付が変わったことが分かった。もうこんな時間なのかと驚いた」ということを表現するのは、(少なくとも私には)困難です。そこで、類似表現を使うのは前提としつつ、どの表現を用いて、どの表現を用いないことにするかを考えます。

 「時計」は、現在時刻を確認するアイテムなので、必須です。ただ「時計」と書くのではなく、「アナログ時計」「デジタル時計」「卓上時計」「壁掛け時計」のように時計の属性を明記すると、他のワードと並列した時に、時間をあらわす類似語彙っぽさが少し薄れます。

 「時刻」は、時計を見れば分かるものなので、時計の様子を視覚的に捉えている状態で記述する工夫をすれば、削れそうです。

 「深夜」と「日付は変わっている」はほぼ同義なので、どちらか削れそうです。「深夜」は大体22時から翌日4時くらいまでを指すかと思います。「日付は変わっている」は0時以降を指すので、「深夜」よりも守備範囲が狭いです。そこで、今回は、説明を最小限に抑えるために「日付は変わっている」を採用します。

 「時間」は、「もうこんな時間か」という心の声の一部なので、このまま保持します。

 「時計」「時刻」「深夜」「日付は変わっている」「時間」を整理した結果、今回使用することになる類似語彙は「デジタル時計」「日付は変わっている」「時間」の3つになりました。

1.3.4.   「既に」「とっくに」の整理

 「日付は変わっている」を採用することにしたので、その表現と「既に」「とっくに」のどちらかとを組み合わせるのが良さそうです。「既に日付は変わっている」と「とっくに日付は変わっている」だったら、どちらが良いだろう? 言葉の響き、発音や音の数が生み出すリズム、文字列としての可読性、「既に」の持つ漢字特有の硬さと「とっくに」の持つひらがな特有の柔らかさなど、採用基準は色々あります。お好みで選択してみましょう。

 勿論、「もうこんな時間か」を最優先したいよ、そして「もう」との意味的な被りを防ぎたいからどちらも使わないよ、という選択もあり得ます。

1.3.5.   最後の文の調整

 最後の文は、「佐藤はもうこんな時間かとキーボードを打つことを止めた」です。この文の主節主語は「佐藤は」、主節述語は「(キーボードを打つことを)止めた」で、間に「と」で標示された引用節「もうこんな時間か」が挟み込まれています。引用節を用いていながら、「と思った」「と感じた」のような思考内容を記述する動詞が用いられていません(三人称限定視点にありがちな「思う」「感じる」問題が華麗に回避されています)。非常に味があって良いですね! この素敵な主節述語は、なるべくそのまま使いたいところ。

 私なら、引用部分がどこからどこまでなのかを分かりやすくするために、主節主語と主節述語をもう少し近付けます。そうすると、「もうこんな時間かと佐藤はキーボードを打つことを止めた」となります。「もうこんな時間か」あるいは「と」の後ろに読点を入れると、更に可読性が上がりますね。可能性としては「もうこんな時間か」で一旦文を区切る(句点を打つ)のも大いにアリです。

参考
①もうこんな時間かと佐藤はキーボードを打つことを止めた。
②もうこんな時間かと、佐藤はキーボードを打つことを止めた。
③もうこんな時間か、と佐藤はキーボードを打つことを止めた。
④もうこんな時間か。佐藤はキーボードを打つことを止めた。

 主語の位置を調整した後は、述語を少しだけ整えます。具体的には、「キーボードを打つことを止めた」の「こと」を削除し、別の言葉で言い表わします。形式名詞の「こと」「もの」は、時として文の意味を曖昧にしてしまいます(小笠原2013:39)。小説においてはその曖昧性が良い味を出す場合もありますが、「こと」「もの」には慣用表現もあるので、単なる形式名詞としての用法はなるべく多用しないようにしたいものです(←この「もの」は「~したいものである」という慣用表現で、代替不能です)。

 そこで、「キーボードを打つことを止めた」を言い換えられるか考えます。キーボードを打っているのは、佐藤さんの手指です。その動作を中止するということは、佐藤さんの手指の動きが止まるということです。そこで、「キーボードを打つ手を止めた」としてみます。個人的には、かなり収まりが良くなった気がしますが、いかがでしょうか。

 先程の参考例の述語改変バージョンを、以下に示します。

参考
①もうこんな時間かと佐藤はキーボードを打つ手を止めた。
②もうこんな時間かと、佐藤はキーボードを打つ手を止めた。
③もうこんな時間か、と佐藤はキーボードを打つ手を止めた。
④もうこんな時間か。佐藤はキーボードを打つ手を止めた。

1.3.6.   文を生成する

 ここまで、「文の流れをどうするか」という設計図と、「どの語彙表現を使い、あるいは、使わないか」という使用材料を確認しました。設計図と材料が揃ったので、いよいよ文の生成です。

 前文からの流れで、まずは「瞳を動かしたら、時計が視界に入ったよ」ということを示します。視線が移った先である「デジタル時計」にフォーカスして文を作りたいので、「デジタル時計」を主語にします。ひとまずシンプルに「デジタル時計が目に入った」と1文で短く書いてみます。

 じゃあ、その目に入ったデジタル時計は、どういう見た目をしているのか? 時計から得た視覚情報を次の文で記述します。ここでは「数字の脇にAMが書いてある~!?」を採用します。そして、そこから「とっくに日付が変わっている」という確認の後、「もうこんな時間か」という心の声に持っていくことにします。

 なお、文末表現(ル形、タ形、テイル形、テイタ形)に関しては、先述したように、躍動感や臨場感、語り手(≒佐藤さん)と読者をどこまで同化させたいか、および、使用されている動詞や文脈に照らしてどの形が相応しいかによって、適宜選択することとします。

パターン1
~その瞳が、ふとディスプレイの外に向く。デジタル時計が目に入った。数字の脇には、小さくAMと書かれていた。とっくに日付は変わっている。もうこんな時間かと、佐藤はキーボードを打つ手を止めた。

 「デジタル時計が目に入った」があると、語り手(≒佐藤さん)が見たものが順を追って説明されている印象を受けるかもしれません。見たものが次々に変わる感じや、デジタル時計の発見を強調したい場合は、この短い1文を入れると良いかと思います。

 逆に、「デジタル時計がそこにあることを特に強調したくはない」という場合は、連体修飾構文を用いると良いでしょう。「目に入ったデジタル時計」とすると、「ディスプレイの外を何気なく見たら、たまたまデジタル時計が目に入ったんだけど、そのデジタル時計がね……」という語り方になり、デジタル時計が目に入ったことが文の中心情報ではなく付加的な情報になります。

パターン2 ※「時計」で連体修飾構文を使用
~その瞳が、ふとディスプレイの外に向く。目に入ったデジタル時計の数字の脇には、小さくAMと書かれていた。とっくに日付は変わっている。もうこんな時間かと、佐藤はキーボードを打つ手を止めた。

 なお、連体修飾構文には、連体修飾節の中に主要名詞を戻す際に助詞を補える「内の関係」と、そうではない「外の関係」があることが知られています(庵2001:384)。このうち、内の関係には、主要名詞が固有名詞ではない場合に「様々なものがあるが、その中のひとつであるこれ」というふうに対象を制限する「制限的名詞修飾」と、主に固有名詞を付加的に説明する「非制限的名詞修飾」があります(庵2001:387)。「目に入ったデジタル時計」は、「世の中には色々なデジタル時計があるんだけれども、その中でも、今まさに語り手の目に入ったデジタル時計」という意味なので、前者です。

 非制限的名詞修飾は、連体修飾節と主節との間に、次のような意味的な関係がある場合に用いられます(庵2001:388-389に倣い、主要な4つを掲載します)。

継起   名詞修飾節の出来事が終わった後、主節の出来事が起きた
付帯状況 名詞修飾節の状態が主節の出来事と同時に存在する
理由   名詞修飾節の出来事や状態が理由となって、主節の出来事や動作が引き起こされる
逆接   名詞修飾節の出来事と反対の出来事が主節で述べられる

 人名を主要名詞とする連体修飾構文を作成する際(あるいは、人名を主要名詞とする連体修飾構文を解除し、通常の文に戻す際)には、上記の4つの意味を意識しておくと良いでしょう。

 ……さて、連体修飾構文の語りはこの辺にして(隙があれば連体修飾構文を語ろうとする人)、話を元に戻します。次のパターンは類似語彙「とっくに」「もう」を回避する場合です。この場合は、「とっくに」のみを削除して「日付は変わっている」としてもよいですし、「とっくに日付は変わっている」という1文そのものをいじってもよいでしょう。

パターン3-A ※「とっくに」を削除
~その瞳が、ふとディスプレイの外に向く。目に入ったデジタル時計の数字の脇には、小さくAMと書かれていた。日付は変わっている。もうこんな時間かと、佐藤はキーボードを打つ手を止めた。

 ちょっと味気ないかも? と思ったら、1文そのものを変更してみるのもアリですね。

 「とっくに日付は変わっている」とはどういうことか?
→日付が変わって、午前0時を過ぎてから、少し時間が経過している
→「日付が変わる」だけを使いたい
→日付が変わってから、少し時間が経過している
→「時間」は次の文にとっておきたいので、まだここでは使いたくない
→「少し時間が経過している」とはどういうことか?
→日付が変わってしばらく経つ!

パターン3-B ※「とっくに」の1文を変更
~その瞳が、ふとディスプレイの外に向く。目に入ったデジタル時計の数字の脇には、小さくAMと書かれていた。日付が変わってしばらく経つ。もうこんな時間かと、佐藤はキーボードを打つ手を止めた。

 ……という感じで、AFTERの文が生成されましたとさ。めでたしめでたし。

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文章の長さ: 掌編(2000字程度)
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